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選択肢を増やすという考え方【35歳からのダイバーシティ】

選択肢を増やすという考え方【35歳からのダイバーシティ】

最近、気になったニュースの一つが「職場で女性がヒール・パンプスを履くことの強制を辞めよう」という運動、#KuTooです。人によっては靴擦れや腰への負担など健康に影響があることもあり、無理して履かなくてもよいのではないかということです。共感した方も多いのではないでしょうか。一方で、もやもやした方もいたかもしれません。ヒール・パンプスを履くことを楽しみにくくなる感覚があったからです。

自分が心地よいものを選ぶ、選択肢を増やすということ

この議論は、「職場で女性はヒール・パンプスを履かなくてはならない」と強制するのではなく、「女性自身が何を履くかは選んでもよい」ということだと思います。例えば、私自身はぺったんこ靴やスニーカーが苦手で、カジュアルな場でも少しヒールがある靴を選んでいます。そのような人がいてもいい、ということなのではないでしょうか。誰かに「すべきである」と強制されるのではなく、「自分で自分が心地よいものを選ぶ」という点が重要ですね。

善し悪しの議論ではなく、納得いく選択をするということ

似た議論で、「夫婦別姓」の話があります。日本人同士が結婚した場合はどちらかの姓を選ぶ法律となっています。そのため、どちらかは名義変更などの手続きや、仕事上で名前が変わるなどで、苦痛を強いられるという議論です。

けれども、納得してどちらかの姓を選んでいる夫婦にとっては、もやもやした感覚があるかもしれません。自分たちの選択が間違っているような感覚を覚えるからです。けれども、この議論も「夫婦別姓を選びたい人が選べるように、選択肢を増やす」ことが目的で、「どちらかの姓を選ぶ」ことを否定しているものではないのです。

同質性は、それ以外を排除しようとすることもある

数年前のイベントで、Jリーグチェアマンの村井さんから「同質性は時としてそれ以外を排除しようとすることがある」というお話を聞き、それ以来ずっと気になっています。例えば、好きなサッカーチームを応援することは仲間との絆を深めることになるけれど、好きなチーム以外のことを排除しようとする力も働くということです。日常生活でも、そのようなことは頻繁に起こります。

サッカーのほうが野球よりいい、若者を支援するべき、いやシニア層を支援するべき、などです。私は、ダイバーシティ&インクルージョンを推進するNPOで理事として活動もしていますが、あるイベントで「ダイバーシティに詳しくなければ良くないような印象を受けて居心地が悪かった」という声を聞いてハッとさせられたことがあります。何かに熱心になるあまり、周りに居心地の悪い思いをさせている瞬間は、誰にでもあるのかもしれません。

そのことを忘れずに、選択肢の一つが増えることの楽しさは伝えつつも、個人の価値観や考え方も受け入れ、共生できる場を作っていきたいものです。

他人との違いや、他人がどのように感じるかに気づく場づくりを、今後も担っていきたいと思います。

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