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自分の常識を疑うと出会うもの

こうあるべき、当然やるべきもの、と考えている自分にとっての常識が、他人には通じないということはよくあります。

ハッとさせられる理由

それに気づいた時にハッとさせられるのは、過去に自分が人にしたことが、周り巡って自分に戻ってきているという事実に気付かされることが多いからです。

ちゃんとしていない

私自身が良く使う言葉に「ちゃんとして」があります。他のカウンセラーからのフィードバックで気づかされたのは、私にとって「ちゃんとすること」が重要課題であるために、相手に対しても頻繁に使ってしまっているのです。言い換えると「ちゃんとしていない自分」が自分の弱みだと思っていて、それをカバーするために「私はちゃんとしようとしているのだけれど、あなたはどうなの?」と投げかけていたようなのです。

それは必要なのかどうか

「注文を待ちかえる料理店」発起人の小国さんのお話の中に、「注文したものとは違う料理がでてきたけれど、まいいかと思えた」というエピソードがあります。正確かどうか、間に合うかどうか、準備するかどうか等、過去の経験からそれが周囲にもスタンダードだと思っていたのだけれど、そうではない事象に出会ったとき、「そもそも、自分の常識が違っていたのかもしれない」と考えてみる。そこから何かが始まるのかもしれませんね。

今では「ちゃんとしてない」自分もまあいいか、と考えています。

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