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待機児童ゼロ、その後の取り組み【横浜女性ネットワーク会議&横浜ウーマンビジネスフェスタより】

2016年11月5日、パシフィコ横浜で開催された「横浜女性ネットワーク会議&横浜ウーマンビジネスフェスタ」に

実行委員として参加しました。

3年前に個人で参加し、昨年から実行委員として参加させていただき3回目です。

今年も横浜市長の林文子さんのお話から印象的なお話をご紹介します。

 

◆待機児童ゼロ、その後

 

待機児童ゼロにすると宣言すると、「そんなことを言ったら大変」という反応もあったそうです。

それでも「経済界では当たり前のことと」として目標達成のために動き、2013年にゼロを実現。

そうなると、「保育園があるのであれば私も働きたい」と入園希望者が増えて、翌年からは若干名の待機児童が発生しているのです。

 

林市長は、そのことを「嬉しいこと」と表現されて、

ニーズに応える為、毎年受入れを増やしているとおっしゃっていました(注)。

その言葉に、並々ならない「覚悟」と「安心感」を感じました。

 

保育園が整備されていると話題になるとファミリー層が転入します。

そのため、保育園を増やしても増やしても追いつかなくなるのが現実です。

けれども、ファミリー層が増えることで街並みや産業、経済の流れも変わります。

 

実現しないとわからないことなのです。

 

◆一つ実績を出せばよい、ではないその後

 

戦後すぐの生まれの林市長の小学生時代は学校が終わったら、ランドセルを置いて野原へ走り

近所の子供たちと毎日のように遊んでいたそうです。

けれども、今は昔の野原のような安全な遊び場がありません。また共働き世帯の増加により留守家庭児童も増えています。

そこで、放課後の児童の居場所づくりも積極的に進めているそうです(注2)。

 

保育園の待機児童問題だけでなく、学童の待機児童問題にも取り組む姿勢がわかりました。

 

 

◆課題解決のために、自分から動く

 

クローズアップ現代のキャスタ―として長年活躍されてきた国谷裕子さん。

意外なことに、女性の働き方について取り上げたことがほとんどなかったそうです。

なぜなら、「ワーク中心」だったために、例えば育休復帰後に両立に苦労する女性のことなど、

気付いていなかったから。

時間構わず仕事に邁進し、今振り返ると「こうなりたくない、ロールモデルでした」と。

 

それが変わったのは、外部のセミナーやイベントに参加するようになってから。

社外の方たちとの交流で視野が広がったそうです。

今ではご自身が主催する側に立つこともあるもあり、非常にやりがいを感じていらっしゃるそうです。

 

同じ環境で過ごしていても、目に入っていても、意識して関わらなければ「当事者」にはなれません。

当事者意識を持って物事に向かうことで、問題解決へのエネルギーや同じビジョンを持つ方々との引き合わせに繋がります。

職場と家の往復だけではなく、時には今回のようなイベントに参加してみることの重要性を改めて感じました。

 

◆一年で、人生は変わる

 

昨年は会社員として参加したけれど、その後起業した。

管理職に挑戦した。

周囲の勧めで参加したけれど、今年は自分から参加した。

そのような報告をいくつも受けました。

 

私自身も、3年前に一人の参加者として横浜女性ネットワーク会議に参加し、世界が広がりました。

まさか実行委員の一人として参加させていただくことになるとは全く思っていませんでした。

気付けば、憧れの方とお仕事でご一緒できていたり、自治体のセミナーを担当させて頂いたりと大きく変わりました。

 

今年、参加された方にはどのような変化があるでしょうか。

その後、どう過ごしていくか、私自身も考えています。

 

(注)横浜市HPより「横浜市の保育所待機児童の状況と対策について」

(注2)横浜市HPより「放課後児童育成施策の推進」

《参考コラム》

ゼロにすると決めたらゼロにする【待機児童ゼロ実現の背景】(2013年 横浜女性ネットワーク会議より)

 

 

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